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高校中退、バイト生活……その日暮らしの果てに待ち受ける「悲惨な袋小路」

2016.06.23

高校中退、バイト生活……その日暮らしの果てに待ち受ける「悲惨な袋小路」




前編はこちら

自分なりの生きる術によって、さらに孤立

彼は夜遅くまで公園やコンビニ前などで遊ぶ習慣がありました。


学校へは行くけれど授業についていけないので寝たり、友達と話たりして終わる。部活動のサッカーをして帰るけれど、それでも授業で寝ていたことや、年齢的にエネルギーが有り余っているせいもあって、放課後は夜まで遊んですごしていました。


家庭にいた頃は、誰もいない家には帰りたくないし、塾や習い事に行くお金もない家庭なので、自然と夜まで友達と遊ぶけれど、楽しいのは最初だけ。だんだんやることがなくなり、次第にたばこやお酒に手を出し、夜の時間にいる年上の人たちとつるむようになっていました。


先生や友達は、夜の公園などにいる年上の人たちのことは危ないし、つるまないほうが良いと言っていたようです。しかし、彼にとっては年上の人たちは自分よりも社会を知っていて、学校の先生とは違い、きれいごとだけでなく、自分の感じている現実と近い現実を語ってくれるからリアリティがあって勉強になる。


だんだん、社会も知らずに勉強だけをしているクラスの友達とも話が合わなくなって、学校でもいわゆる「不良」と呼ばれる部類になっていきました。友達や先生に怖がられ、ますます学校に居場所をなくし、勉強がわからなくても、「怖がられている自分に教えてくれる人がいるはずもない」と思い込み、勉強もすっかりあきらめていました。


これは私の想像ですが、「怖がられていること」で注目を浴びるというのは複雑な気分だったのではないかと思います。自分のもとから人が離れていく寂しさを抱えながらも、やっと何かで一番になれたという嬉しさや、それ以外の自分らしさが見つからず、「怖がられていること」に自分らしさを見出すようになっているようにも見えたからです。それが思春期の彼にとって、自分を保つことでもあったのだと思います。


学校の中で似た境遇にいる他クラスの友達と仲良くなり、放課後に一緒に公園でつるみ、恵まれたクラスの友達の守られた状況を鼻で笑いながらも、うらやましそうに話すときもありました。


「みんなは親が守ってくれるけど、俺のことはカネ(税金という意味で言っていました)しか守ってくれない」


そうこぼすこともありました。

高校進学、中退、バイト生活……

彼の学力で高校進学するのはかなり厳しいものでした。みんなが塾などで受けるV模試なんかを受けるお金もない。過去の問題などで判定した学力からは、中学3年生の段階で週1~2回の私との勉強だけで一般入試で受かることができるような状況ではありませんでした。


仕方なく、彼の大人びた話し方を武器にと考え、推薦入試に切り替えました。それが奏功したのか、定時制の高校に合格することができました。彼は高校選びのときに「基礎からやり直せるところがいい」なんて言葉をポロっとこぼしていました。そのとき、「彼も本当はなんとかしたいと思っているんだな」という本音を垣間見たように思いました。


高校に進学した後は中学とは違って境遇が似た友達も多く、中学での「怖がられる人」というレッテルもなくなり、どこか肩の力が抜け、楽しんでいるようにも見えました。しかし、学力面では人一倍遅れており、やはり苦労を重ねていました。


高校2年生になったときには、アルバイトに精を出すようになりました。誰かの役に立つこと、自分の力でお金を稼ぐこと、そういったのは彼にとっておそらくほとんどはじめての経験だったのだと思います。


今まで教室の中ではだれにも感謝されず、ほめられず、助けてくれる人もいなかった彼にとって、学校以上にアルバイトのほうが意味のあるものになるのは不思議ではありません。


アルバイトが慣れてくると頼られることも増え、2年生からは学校に行くことも減っていき、3年生のときはついに中退となりました。彼の中で10年以上学校に行ってもついていけないことに、ついに終止符を打ったのだと感じました。


私は高校の学歴があることの大切さを伝えましたが、彼の意思は固く、また10年以上も耐え続けた彼に対して「学歴以外の意味」が伝えられない今の教育の在り方に腹立たしさと自分の力不足にくやしさを覚えました。





当時のアルバイト先は近所のガソリンスタンドでした。中学時代からかわいがってくれた年上の兄貴分のような人の紹介で働くようになり、気の合う友達も多く楽しかったようです。しかしそのガソリンスタンドが廃業となり、新しいアルバイトを探すとなったときに彼は大変な壁にぶつかりました。


保護者が親ではなく施設であること、高校を中退したことを履歴書に書くと、なんとなく警戒され採用されないと感じたそうです。彼はその後、履歴書には嘘の情報を書き、それがばれるとアルバイト先を転々とする生活がはじまりました。


18歳になり施設を出た後はさらに深刻な状況に置かれました。高校まではアルバイトで稼いだお金は、自分のお小遣いと貯蓄になっていました。まわりの友だちに比べて常にお金に余裕があり、それが頑張って生きている自分の誇りでもありました。


しかし、施設を出て一人暮らしをするとなると、稼いだお金は家賃と食費等でほとんどなくなりました。


そこで、アルバイトの掛け持ちをするようになり、なんとか月15万円から20万円ほど稼げるようになりましたが、休みなく働くようになって、体調を崩すことが頻繁に起きるようになりました。そうするとアルバイト先からの信用も失うようになり、やめざるをえないときが何度かありました。


次のアルバイトを探し、給料が入るまで家賃の支払いが厳しくなり、彼女の家に居候することも増えました。別れると敷金礼金などの初期費用を払うことは難しいため、次の居候先を見つけて……ということを繰り返し、住所不定の日々が続くようになりました。


実家がないこと、大変なときに助けてもらったり休ませてもらったりする場所がないことがいかに厳しいことか、日々痛感しながら生きていたのでしょう。




子どもたちのために大人ができること

20歳となった彼とは今でも時々あっておいしいごはんを食べに行ったり、グチを聞いたり、適切な支援団体をつないだり、いい病院を紹介したりしています。


私もまた彼の話を聞くことで、頼れる大人や家族がいない子どもたちがどんなことを必要としているか、ヒントをもらい、ときには彼に意見を聞いて助けてもらっています。


彼も今の状況をなんとかしたいと思い、高卒の資格を取ったり、手に職をつけられるように勉強をしたいと願っているものの、それをするにはアルバイトを減らし、「余裕」を取り戻すところからはじめなくてはいけません。


私と会って話すのは、アルバイトの休みの日ですが、疲れ果ててキャンセルになることもたびたびあります。たくさん働いた後のせっかくの休みに、ゼロから人生を立て直すために頭を使うのは、考えることが多いだけに、できるだけ後回ししたくなってしまう気持ちもわかります。


「1年だけお金のことを考えずに将来について考えよう」と言ってあげられたらどれだけいいのだろうと思います。20歳になった彼には、未成年のときに比べて社会保障も減り、条件も厳しくなっています。未成年のうちにもっと手を尽くさなければいけないと私自身も痛感しています。


さらに彼の人生の一部を見てきた中で、こんなにも必死に生きているのに、年齢を重ねるごとに彼自身の思った人生とは真逆な方向にしか選択肢がなくなっている状況を痛感しています。


今の社会では短期的に見て良い選択を繰り返すことは、実は長期的な目線で思い通りの人生を歩むことを遠ざけてしまうことがあるのではないかと思います。まだ精神的にも経済的・社会的にも未熟な子どもたちが、自分だけの力で目の前の問題を解決しようとすると、短期的な選択をせざるをえなくなることが多くなってしまいます。


親や大人が子どもたちのそばにいる意味というのは、セーフティネットを提供したり、精神的・経済的・社会的に援助したりして、長期的な目線で人生を選択できるようにサポートするためだと気づかされました。


そのような存在がいなくても、なんとかその日暮らしを続けることはたしかに可能です。しかしそれは体力や精神面がいつ途切れてもおかしくないような、綱渡りの状況といえるのではないでしょうか――。


後編に続きます。(2016年7月中旬公開予定)