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2019.03.07
代表・森山

多発する児童虐待事件…「親・保護者=善人」の思い込みはリスクだ(前編)

千葉県野田市の痛ましい事件があり、同じように虐待をうけて育ち、同じように学校などから信じてもらえなかった経験を持つ子どもから、「私の時とちっとも改善してないんだね」と言われました。
 
心愛ちゃんが亡くなったことによって、この問題は脚光を浴びました。
 
しかし、子どもの支援を約9年間してきた中で、子どものまわりにいる大人、ましてや支援に携わる大人による「親・保護者=善人」という思い込みや、一番連絡してはいけないはずの虐待を行った親に間違って連絡が行ってしまうことなどは、残念ながら本当によく聞く話です。
 
私たちは長年、虐待や家庭内暴力などによって、児童養護施設や母子生活支援施設で暮らしてきた子どもたちを支援してきました。その中で子どもたちから、悪気のない大人たちの行為で傷つけられた話を聞いています。
 
「親・保護者=善人」によって傷つけられることが、いかに多いか。またその状況を改善するためにどうしたらよいのでしょうか。

 

ー「親がそんなことするはずない」という残酷な言葉

虐待から逃れ、親元を離れて暮らしているある10代のケース。アルバイト先に現れたり、知るはずのない新しい学校で待ち伏せされたりするなど、あらゆる手段を利用して親に居場所を突き止められては家に連れ戻されることをされ続けた子どもからの相談がありました。
 
年齢からしてもう児童相談所でも扱ってもらえなかったため(17歳を超えると扱えないと断られたため)、親には知られていない住まいを確保し、住民票の閲覧制限をかけ、警察にも念のため相談に行ったのですが、その時に警察から「実の親ですし、きっと心配しているんですよ。子どものことを愛さない親なんていませんから」という言葉を言われたことがあります。
 
虐待から逃れているという話をしたばかりにも関わらず、その言葉を言われた子どもは何を思ったのでしょうか。
 
その子は「結局ふつうの人にはわからないんだよ」と言い、それ以上誰かに何かの助けを求めることをあきらめようとしていました。その子からすれば、警察から「私は嘘ついている(虐待されてるというのは未熟な自分が勘違いしているだけ)と思われた」と思ったのに違いありません。
 
その背景には、「親・保護者=善人」で、「子ども=未熟=嘘をつきうる存在」という思いが無意識に働いたのだと思います。もしくは、警察自身も子どもを持つ立場として、自分に反抗したり言うことを聞かなかったりする自分の子どもと自分自身に重ねたのかもしれません。
 
虐待などについて知識がない場合、そもそも親が逃げた子どもを捜しまわることがうまく想像できないかもしれませんが、近所や友人からしたら、突然その家の子どもがいなくなるのは、何かしら「ワケあり」と見られる可能性が高いです。
 
だから、親にとっては子どもを家に戻して、何事もないかのようにしたいと思うことがあるのです。「家出した悪い子」とすることで、虐待・家庭内の問題を子どもになすりつけ、親の問題ではないかのように見せたいというケースもあります。
 
しかし、法律や犯罪から守る立場であるにも関わらず、警察がそういった「虐待」の前提すら理解していないのは、致命的なことです。
 
その子どもに代わって、私たちがこれまでのその子どもがおかれてきた環境や児童相談所や施設に入所した経緯などを細かく説明したことで、やっと理解してもらいましたが、本来は警察で虐待の正しい知識や研修をうけ、対応できるようにならなくてはいけません。
 
私たちのような人が同席していなければ、もしかしたら警察は子どもに「いつか親の気持ちがわかるようになるよ」などと言って、家に帰していたかもしれません。こういった事例は、実際に子どもから聞いたこともあります。
 
そして、その子にとっては「もう警察になんて相談したって意味がない」と、親だけでなく、警察も今後頼れる相手からなくなってしまったことには変わりがありませんでした。その子にとって、警察はすでに自分一人では相談したい相手ではなくなっていると思います。
 
「実の親がそんなことするはずない」——警察でなくてもこの言葉は子どもを傷つけうる、とても怖い言葉です。
 
虐待を受けている子どもたちの事情を知らず、なんとなく「親はあなたのことを思って言っているのよ」などという言葉を使ったことで、「今親から受けていることは、私が我慢しなくてはいけないことなんだ」と思ってしまい、だれかに相談もせず、一人で抱えてしまったケースはよく耳にします。
 

ー学校の委員の親の話を信じてしまったケース

学校のPTAをやっていて、学校で発言力がある親を持つ子どもが、学校に虐待を受けていることを信じてもらえなかったということもありました。
 
野田市の心愛ちゃんのケースと似ていますが、信頼する先生に相談し、解決を試みたものの、親が「反抗期の子どものいうことを真に受けてどうするんだ」と校長先生などに怒鳴りに行き、PTAをやっていることもあって、学校側は子どもの話より親の話を信用してしまったのです。
 
そして子どもの話を真に受けたとして、相談を受けた先生は校長からお叱りを受け、自分のせいで先生が怒られたことを知った子どもはそれ以上誰かに助けを求めることをやめたのです。
 
しかし、虐待や刑事事件があった時、必ず近所の人たちのインタビューで「まさかあの人が……」という話はよく出てきます。大人の世界で立派に見えるからといって、子どもや家庭内で虐待をしないという根拠にはなりません。
 
親・保護者の大人から見た印象に惑わされず、子どもが発する言葉・態度に寄り添うことが、子どもに寄り添う上での基本中の基本です。
 
子どもの虐待・ネグレクトの防止・啓発を行う認定NPO法人チャイルドファーストジャパンでは、虐待対応マニュアルを公開しました。
 
子どもと親・保護者の言い分が異なる時でも、子どもの話を信じて市区町村か児童相談所に通告をすることや、子どもと保護者を同室ではなく別室で別れて面談することなどが記載されています。

虐待対応マニュアル

認定NPO法人チャイルドファーストジャパンが公開した虐待対応マニュアル

信じられないことですが、虐待や体罰をした大人と子どもを同じ部屋で面談するケースは本当によく聞く話ですし、子どもの支援をしている団体でも行っているケースを見たことがあります。
 
また、上のマニュアルにも書いてありますが、「子どもに親・保護者の説明や言い訳を聞かせてはいけない」ことも行われていないケースも見ます。
 
子どもと大人ではパワーバランスの違いがあります。同時に話を聞いたり、大人の言い分を聞かせたりすることは、対等に扱っているようで、まったく対等ではないのです。
 
私たちに寄せられる相談でも、虐待やネグレクトなどを受けながらも「私さえ我慢すればいいのに」と自分を責め続けている子どもがたくさんいます。
 
そんな子どもに親・保護者の言い分を聞かせてしまったら、「親をこまらせたくない」という思いで、黙りこんでしまう可能性が高いのです。
 
そのほかにも、学校での「親に感謝することを目的とした宿題」「保護者参観」「自分の生い立ちを振り返る2分の1成人式」「親が参加する運動会」などは、ひとり親家庭や、虐待下で育った子ども、養子・里子や施設で暮らしている子どもなどを悪気なく傷つけかねません。
 
その結果、「私はほかの子と違うんだ。ふつうじゃないんだ」と思い、自分のことを打ち明けづらくしてしまうリスクが生じてしまうのです。
 
こういった行事をゼロにすることは難しいかもしれないですが、家庭環境が多様化している現代で、こういった行事ひとつするにも、子どもたちの自己肯定感を下げるのではなく、いかに多様性を理解する契機にできるかが問われていると思います。
 
ただし、そのように丁寧に子どもに向き合い、多様性を理解した授業・行事を展開するには、今の学校の先生の業務量は多すぎて、学校の多くは傷つける側に回っているのが現状だと感じています。
 

ーインタビューで顔と名前を出して親に見つかる悲しさ

警察や学校だけでなく、子どもの支援を行うNPO・支援機関でも、同じく注意は必要です。
 
支援機関を利用した子どもがインタビューに答え、それを親が発見して、その支援機関に出入りしているところが見つかり、虐待環境に戻され、家のことを赤裸々に語ったことを「家の恥さらし」とののしられ、暴力を受けたケースもありました。
 
最近はインターネットで名前を検索すると見つかってしまうこともあります。そうすると、子どもを探している親などは、簡単にその子どもが普段どの支援機関に出入りしているのかなどがわかってしまいます。
 
虐待を受けた子どもたちや、虐待で施設を出た子どもたちの顔や名前を出して、インタビューしているケースは実はよくみかけます。どのNPOや団体も子どもに問題ないか確認を取ったり、細心の注意を払っているところがほとんどです。
 
しかし、そういったものに名前を出した子どもから「お世話になっているのに断ることはできないから、怖かったけど大丈夫と言ってしまった」という話を聞いたことが何回かあります。
 
私たちも寄付やボランティアなど、たくさんの方の支援を受けたことによって子どもたちを支援しているため、その成果をなんとか伝えるためにどのようにしたら良いかいつも悩んでいます。
 
支援者からも、実際の子どもの声が聞きたいなどと要望をいただくこともたびたびあります。しかし、私たちが支援している子どもたちは、ともすれば命の危険とも隣り合わせのケースもあります。
 
海外の子どもの支援に比べて、親・保護者の目に届く可能性も高く、それによって親・保護者が再び子どもに接触できる物理的な負担も少ないのです。
 
子どもたちの安心・安全を優先するためにも、国内の子どもの支援において、子どもたちの顔・名前を出すことは今一度再考するべき時期に来たのではないかと感じています。
 
後編を読む
 

こちらの記事は、代表・森山が「現代ビジネス」で連載している記事を、許可を得て転載しています。本来は、有料会員向けの記事となりますので、他メディアへの引用・転載はご遠慮ください。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/60086