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【阿比留久美先生インタビュー|前編】「居場所づくり」は子ども支援の答えになり得るか

近年、生きづらさを抱えつつも支援されていない子どもたちのために、子ども支援の現場では、「居場所づくり」が盛んにおこなわれるようになってきました。従来のような縦割りの制度設計では接点が持てなかった子どもにアプローチできる場として「居場所」への期待が集まる中、早稲田大学教授の阿比留久美(あびる くみ)先生は「大人が居場所をつくること」に対しては慎重であるべきだと言います。
居場所づくりに何が期待されているのか、そして、居場所づくりが広がる中で今この問題をどう捉え直すべきかについて、子どもや若者の居場所をテーマに研究をしている阿比留先生に聞きました。

家や学校で気にかけてもらえない子は誰からもケアされない?

――近年、子ども支援の領域で「居場所」に注目が集まっているのには、どういった背景があるのでしょうか?

今、子どもたちが日常的に関わる大人は、家庭と学校に限定されていることが多いのが実情です。地域社会との日常的なつながりが希薄になる中で、他には、あっても習い事かアルバイトぐらいで、友達の保護者とさえつながる機会は多くなく、身近で気にかけてくれたりサポートしてくれたりする大人と出会う機会が少ないんですね。

地域のつながりが希薄化しているということはもう何十年も前から言われていますが、今の社会の価値観として、家庭の問題は家庭内でどうにかするべきだという風潮があります。困ったことが起きても親の責任だと思われ、親が周囲と良好な関係を持てていない家庭など、支援が必要な子ほど孤立しやすい状況になっているんです。

「虐待」「一人親」「生活困窮」のような分かりやすい理由があれば支援の手も入りますが、親の過干渉や教育虐待のような分かりにくい困難は個人の問題と思われがちです。

――周りに世話を焼く人もおらず、行政も家庭内の問題に立ち入ることができない中で、助けてもらえない子がいるんですね。

そんな中で、利用者を限定していない居場所は、利用するにあたって「どう大変なのか」を説明する必要がなく、支援対象としての線引きから外れる人や、しんどい状況にあるのに悩みを自覚していない子にも関わりやすくなっています。そこで、子どものSOSをキャッチできる場として注目されるようになったんです。

「居場所」という言葉が行政で初めて使われたのは、地域子ども教室(現 放課後子ども教室)を中心に掲げた2004年の文部科学省の「子どもの居場所づくり新プラン」です。子どもに安全・安心な居場所を保障する小・中学生対象の事業として始まりました。

図 子どもの居場所づくり新プラン
文部科学省「子どもの居場所づくり新プラン 地域子ども教室推進事業」より転載

その後、支援の対象となる年齢や層は広がっていき、地域若者サポートステーションでは就労支援のプログラムとして、「子ども・若者ビジョン」では困難を有する子ども・若者への支援や放課後の居場所といった形で、「居場所」が位置づけられました。

2023年に発足したこども家庭庁では、「こどもの居場所づくり」を重要項目の一つに掲げています。

――失われた地域のつながりに代わるものとして「居場所」が広がってきたんですね。阿比留先生が居場所を研究テーマにされたのはどういったきっかけだったんでしょうか?

個人的な経験なんですけども、中学に入ってすぐに父が亡くなって、生活が大変だった時期があったんです。でも、周りの大人にも、学校でもわりと気にかけてもらって、何とかここまでサバイブしてきました。高校時代に学費を払うのが難しくなった時期があるのですが、その時はすぐに校長先生から奨学金の利用をすすめてもらいました。

それは両親が築いてきた人間関係のおかげもあるし、もともと私立に通っていたのも良かったんだと思います。これがもし学費の滞納や中退が珍しくない学校だったら、そんなに気を配ってもらえなかったかもしれません。学費を払えなくなるような生徒がほとんどいないような学校だったから放置されずにすんだし、私自身は目立たない普通の子だったのですが、もし問題児といわれるような子どもだったりしたら、フォローをしてもらえたかどうかは分からないなと思います。

私は運が良かったけれど、「助けて」と言う相手がいなかったり、助けを求めてもケアされない子がいる。それに気づいた時、すごく不公平だと感じました。だから、どんな子でも「助けて」と言える相手がいる社会にしたいと思って、居場所の研究を始めたんです。

――不運が重なってしまった子のSOSが見逃されない社会であってほしい。そんな思いの中で、「居場所」に目を向けられたんですね。

最近「子どもの声を聞く」ということもよく言われていますが、「居場所」は場所であるだけでなく、「(子どもの)声が聞かれる」ということと地続きなんだなと改めて感じているところです。

ただいることが許されない。現代の子どもたちの置かれている状況

――子どもたち自身は居場所が必要だと思っているのでしょうか。

10代の子どもが放課後を過ごせる場所は限られています。

中高生ぐらいになっても生活の中心は家庭と学校です。放課後、家に帰りたくなくても、学校は勉強や部活などの理由がないと、ただ「いる」というのはなかなか難しいものです。

それに、子どもにとって学校はしばしば緊張を強いられる場所だったりします。今は放課後もSNSの中で「リア充」や「映え」を競い合ったり、ネットいじめがあったり、互いに監視し合っているような状態です。常に見張られているような状態ですから、家でくつろげない子はセンサーをオフにしてゆっくりできるところがどこにもない、非常につらい状況だと思います。

家も学校も落ち着かないなら、塾や習い事、ファストフードやファミレスで過ごす選択肢もありますが、これはお金に余裕がないと毎日というわけにもいきません。お金もかからなくて何をしていてもいい場所というと公園もありますが、集まっているだけで周辺住民から通報されることもあります。

――意外と居場所の選択肢がないんですね。

大人にとって、子どもが見守ったり関わったりする対象ではなくて、監視したり管理したりする対象になってしまっているんですよね。だから、子どもが落ち着ける居場所を見つけるのが難しくなっているんです。

――居場所を増やすのは急務かもしれませんね。

ただ、これを子どもの居場所の問題として解決するのがいいのかということについてはもう少し慎重に考えてもいいところなのかなと思います。子どもの居場所が失われている背景には、両親が共働きであるとか、親の心身の健康だとか、様々な大人の事情があります。大人の生活も含めて社会の仕組みを見直さないと、子どもだけを見ていても解決しないんじゃないかと思います。

居場所の問題としてカテゴライズすることの危うさ

――もっと広く問題を捉え直した方がいいということでしょうか?

例えば、児童養護施設で暮らしている子が高校を中退すると、働かないなら施設を出ていきなさい、学校へ行かないなら施設にはいられませんということになって行き場がなくなります(自立援助ホームなど仕組みは少しずつ整えられてきてはいますが……)。支援の枠から外れてしまった子は、より不安定な場所に流れていってしまう――こういうことは居場所の問題ではなくて、社会的養護やそれに関わる自立支援の問題として対応しなければいけないわけですよね。

子どもの生きづらさって、原因を一つに絞るのは難しいと思うんです。
居場所がないという訴えの裏には多岐にわたる困りごとがあるはずなのに、そこを見ずに居場所の問題として解決しようとしていいのかな、と。

――単に居場所を作っただけでは解決にならないということでしょうか。たしかに、急に場所だけ与えられても生きる希望は湧いてこないというか、自分はここにいていいんだと思えるようにはならないかもしれません。

「将来どう生きていけばいいか分からない」「友達とうまくやれない」「この世界に自分が生きてていい場所があると思えない」というのは一人ひとりの実存やアイデンティティの中での悩みです。だから、社会問題の類型にぴったりハマることはありません。
そうした生きていく上での複雑な悩みを「居場所」というカテゴリに押し込めてしまうことで、居場所のなさを感じている子どもの背景にある重要な問題を見落としてしまう気がするんです。

それに、「居場所がない」と感じてない子が問題を抱えていないかというと、そんなことはないんですよね。つらい状況が続いていて安心感を経験したことがない子、居場所という感覚を知らない子もいますし、感覚が摩耗して不安を感じなくなってしまっている子もいます。

昨今の「居場所づくり」ブームの中では課題が小さく分類されていくようなところがありますけど、子ども・若者の居場所については、もっと人が生きることの全体性みたいなものの中で考えないといけないと思います。

――居場所を与えるというのは解決策ではないんですね。

子どもが自立していくには、世の中にはいろんな人がいていろんなことがあると、知ることが大切です。居場所の問題は一生続きますから、自分がいられる隙間を見つけていく経験も必要なんですよね。

例えば、小中高と同質的な人しかいない環境で育って「居場所がない」と感じたこともない子が、大学入学や就職のタイミングで異質性の高い場に放り込まれると、どう振る舞っていいか分からなくていたたまれなくなることもあります。 

こども家庭庁が出している居場所づくりの指針にも「(そこが)居場所かどうかは本人が決めることだ」と書かれているんですけど、今は居場所をつくる主体が大人になってしまっています。その矛盾に、もう少し敏感であるべきじゃないかと思います。

居場所があることは途中段階としては大事なことだと思うんですけども、居場所づくりを通じて実現したいものは何なのか、その先に見据えているものは何かを問い直す段階にきているのではないでしょうか。

阿比留 久美(あびる くみ)
早稲田大学文学学術院教授
専門は教育学(社会教育、青年期教育論)で、子どもや若者の居場所をテーマとした研究をしている。著書に『子どものための居場所論』(かもがわ出版)、『孤独と居場所の社会学―なんでもない“わたし”で生きるには』(大和書房)など。社会福祉士、精神保健福祉士。

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