更新日:2021.9.30
虐待が発見された後の「一時保護」について
前項の「虐待って誰が発見している?」では、虐待が「どう発見されるか」について紹介しました。こちらでは、虐待が発覚した後、子どもがどのような環境に置かれていくのかについて、お話しします。
児童相談所は厚生労働省の指針により「虐待通告受理後、原則 48 時間以内に児童相談所や関係機関において、 直接子どもの様子を確認するなど安全確認を実施する」こととされています(通称「48時間ルール」)。その結果、虐待が強く疑われたり、その状況に留め置くことが子どものためにならないと認められたりする場合、児童相談所は「一時保護」することになります。
一時保護された子どもは、一時保護所という児童相談所に併設されている専門施設、または児童養護施設や里親などに一時保護を委託されて過ごします。児童相談所の介入は加害者の虐待をエスカレートさせることにつながる可能性があるため、子どもをまずは安全な場所に避難させなければ保護者への聞き取りや指導を安心して進めにくいからです。
ちなみに一時保護所は虐待以外にも、家出や非行のおそれがある子どもを一時的に保護するための場所でもあります。ただ近年は入所者の半分以上を虐待が理由によるものが占めています。また、一時保護時点では虐待の証拠がなくても、一時保護後の調査や子どもの発言から虐待があったことを確認できるケースもあることが、データを読む上で注意が必要な点です。
97%の子どもは家に戻ることの意味
厚生労働省の資料によると2017年度、児童相談所が虐待相談対応した件数のうち、一時保護したケースの割合は約16%でした。一時保護の期間は原則として2か月以内とされています。児童相談所はこの2か月の間に、家庭への聞き取りや関係機関の意見を総合してその後の援助方針を決めます。家庭に戻っても安全だという確認が取れれば子どもは家庭に戻り、そうでない場合は親戚や里親、児童養護施設などに引き取られるといった方針になります。下記資料によれば、児童養護施設などに入所したケースは虐待相談対応件数全体のうち3%。虐待相談対応件数のほとんどすべては、一時保護などに至っても元の家庭や地域に戻っています。
つまりほとんどの子どもは虐待通告後も家庭に戻って生活をすることになりますが、家庭に戻った子どもに対する支援についてはどうなるのでしょうか。
以下は、厚生労働省のホームページに記載されている、子どもを施設や里親の元に措置せず家庭に戻した場合の保護者援助イメージ図になっています。家庭に戻した場合にはこのように子どもと保護者への援助が開始されます。
各家庭の状況に応じて援助方針を策定していき、場合によって継続指導や児童福祉司による指導措置などを行い、指導で改善しなかったり拒んだ場合には、違う措置を検討していく流れになっています。
足りない児童相談所職員・児童福祉司
下のグラフは、児童相談所の虐待相談対応件数と、児童福祉司の人数の推移です。虐待相談対応件数はこの20年間で約11.5倍になっています。その一方、児童福祉司の人数は20年間で約3倍。虐待相談対応件数の伸びに、全く人手が追いついていません。
必ずしもマンパワーの不足だけが原因と言い切れませんが、2019年に厚生労働省が行った調査によると、通告後48時間以内に安全確認をするという、いわゆる「48時間ルール」も完全には守れていない状況です。さらに、この「48時間ルール」を守ることで児童相談所が精一杯な状況すらあり、それ以降の対応が十分にできないといった状況もあります。
そういった中、現在児童相談所では、1人の児童福祉司が50件ケース相当を担当している状況ですが、2021年までに児童福祉司の人数を5000人以上にまで引き上げ、1人あたり40ケース相当の業務量になるよう見直しています。また、児童相談所の人口あたりの配置基準を見直し、児童福祉司1人あたりの人口を4万人から3万人にするとされています。
しかし、公益財団法人 資生堂社会福祉事業財団『2018年度 第44回資生堂児童福祉海外研修報告書~イギリス 児童福祉レポート~』(2019年3月)によれば、2017年のイギリス全体の児童保護に関わるソーシャルワーカー数(日本の児童相談所に該当するCSCにおけるソーシャルワーカー数)は3万670人であり、1人あたりのケース数は約16.8ケースだと報告されています。欧米では児童保護機関のソーシャルワーカーの持ちケース数はおおむね20ケース前後だと言われています。つまり、児童福祉司1人あたり40ケースという目標は、諸外国に比べると非常に低い水準であることは変わりなく、厳しい環境にいる子どもやその家庭を見守り支援する体制はまだ十分ではありません。
公的機関以外の保護できる場所
このほか、2004年以降、主に弁護士らを中心とした民間のNPOなどが「子どもシェルター」を設置する動きが広がっています。行き場を失った子ども自身が、避難所として安心して駆け込める場所を整備しようとの動きで、全国十数か所に設置されています。キッチンやお風呂などの基本的な生活設備のほか、子どもの個室などがあり、弁護士などの専門家が相談に応じます。ただ多くの施設は長期の滞在は想定しておらず、あくまで一時避難施設としての位置づけが主になっています。
公営ではない分、各機関と連携したり子ども本人の希望を優先したりといった面で、柔軟な対応がとりやすいという利点があります。一方、多くの施設の運営は行政の補助金では賄えず寄付などに頼っているのが現状で、人材面も含めて事業者は厳しい運営を迫られています。
ここまで、虐待の相談や支援に関する様々な機関やその役割を紹介してきました。ただ、虐待で大きな役割を果たすことが期待される児童相談所が過重負荷状態であることもあって、子どもや家庭に対する支援体制はまだまだ不十分です。また家庭以外で起きる虐待的な行為については、まだ十分に目を向けられてすらいません。
様々な調査を踏まえると虐待相談ダイヤル「189(いちはやく)」の認知度は決して高くなく、虐待を受けている子ども本人からの相談・通告は全体の相談・通告者の1%台を超えないことが長年続いています。学校での「189(いちはやく)」の周知の強化や、虐待や自分の人権を知るための教育をはじめ、一定以上の学齢の子どもならば、自分でSOSが出しやすいような環境をもっと整えることも必要と言えるでしょう。
2か月という一時保護期間中の学習機会をどう担保するか、急に我が子と引き離された保護者の心理的ケアはどうするかといった課題もあります。学校や保育施設には、自ら虐待の舞台にならないこと、虐待を発見する機能を果たすことは当然として、人権や保護者との関係に配慮しながら児童養護施設で暮らす子どもを含めて、本来すべての子どもたちに保障すべき生活を保障していくことも求められます。また一部の一時保護所や児童養護施設の中では子ども同士のいじめが起きるなど、子どもがいやすい環境を確保できていないという指摘もあります。「福祉のレベルを上げる」というのは、言うのは簡単ですが税金も人の手もかかるものです。こうした課題の解決には、世の中の広い理解と協力が不可欠です。
- 出典1:文部科学省「子ども虐待対応の手引き」第5章 一時保護を元に3keys作成
- 出典2:厚生労働省「児童虐待防止対策の状況について」p.5を元に3keys作成
- 出典3:厚生労働省「児童虐待を行った保護者に対する援助ガイドライン」第3を元に3keys作成
- 出典4:厚生労働省「児童虐待防止対策の状況について」p.35を元に3keys作成
- 出典5:厚生労働省「児童相談所関連データ(2019年度)(2020年度)」p.8を元に3keys作成
- 出典6:厚生労働省「児童虐待防止対策体制総合強化プラン(新プラン)骨子」、公益財団法人 資生堂社会福祉事業財団「2018年度 第44回資生堂児童福祉海外研修報告書~イギリス 児童福祉レポート~」を元に3keys作成
本記事は川松亮氏(明星大学人文学部福祉実践学科常勤教授)に監修していただきました。