更新日:2023.10.24
性犯罪は性被害のほんの一部
「日本は性犯罪に寛容?」「SNSがきっかけの子どもの性被害が増加」では、犯罪として検挙されたケースや、法律を中心に性被害を見てきました。しかし、性被害のデータを見るときに注意しなくてはならないのは、警察などによって公開されている統計情報はあくまでも「犯罪」として認知されたものに限られるということです。内閣府のホームページにも「同意のない性的な行為は、性暴力であり、重大な人権侵害です」と明記されているとおり、どのような被害態様であろうとも、被害者が被害として認知したものはすべて性被害(性暴力)です。図1のように、性犯罪は、性被害全体のほんの一部に過ぎません。
本記事では以下の定義で使用しています。
■性被害:同意のない性的な行為(性暴力)を受けること 相手と対等な関係でなかったり、断れない状況であったり、はっきり嫌だと言えない状況で性的な行為があっても、それは本当の同意があったことにはならない。<内閣府・男女共同参画局ホームページ>
ただし、本記事で使用しているデータはそれぞれ性被害の範囲が異なるため、別途、各データごとに性被害の範囲を記載しています。
■性犯罪:犯罪として処罰の対象となる性被害のこと 例えば、刑法には不同意性交等*1、不同意わいせつ*2、監護者性交等及びわいせつ、面会要求等、淫行勧誘、公然わいせつなどに対する処罰が規定されており、特別法には性的姿態撮影等処罰法*3、売春防止法、児童福祉法に関連規定があるほか、都道府県の定める青少年保護育成条例にはみだらな性行為等への処罰が規定されている。<刑法第2編第22章、性的姿態撮影等処罰法、売春防止法、児童福祉法、青少年保護育成条例>
■性的虐待:保護者(親権を行う者、未成年後見人その他の者で、児童を現に監護する者)がその監護する児童(十八歳に満たない者をいう)について、わいせつな行為をすること又は児童をしてわいせつな行為をさせること<児童虐待の防止等に関する法律 第2条>
知っている人からの性被害が多い
子どもの性被害というと「見知らぬ悪い大人に女の子が標的にされる」といったイメージがつきまといますが、これは必ずしもそうとは限りません。性被害は男女に関わらず被害者になる可能性があり、加害者は身近な人であることも多いのです。
図2は、内閣府が2022年に実施した若者の性被害に関する調査結果です。この調査は「過去に何らかの性被害に遭ったことがある」と回答した2,040人の男女を対象としたもので、その被害は犯罪として検挙されたものに限りません。16~24歳が調査対象ですが、そのうち約75%が18歳までに遭った被害を「最も深刻な/深刻だった性暴力被害」としてあげており、その性被害の加害者は17.6%が身内などの「親密な人」、72.1%が「顔見知り」だったと回答しています。
※複数回被害に遭っている場合は、直近の被害について質問した。
※この調査における「性被害」とは、望まない性的な言動(言葉による性暴力、視覚による性暴力、身体接触を伴う性暴力、性交を伴う性暴力、情報ツールを用いた性暴力)をいう。
増加傾向にある保護者からの性的虐待
図2の16~24歳に向けた調査でも親や育ての親からの性被害が一定数ありますが、保護者による18歳未満の子どもの性被害として、児童虐待の一種である「性的虐待」があります。
性的虐待にあたる具体的な行為:子どもに対しての性行為(性器を膣や肛門に挿入する)、性器を口や肛門に入れる/入れさせる、口で性器や肛門・乳房に触れる/触れさせる、性器を触る/触らせるといったもののほか、性器や性行為を見せる、ポルノグラフィの被写体にする、性的な動画や写真を見せるなど、接触しないものも含まれる。
児童虐待は、身体的虐待・ネグレクト・心理的虐待・性的虐待の4類型に分類され(参照「そもそも虐待とは?」)、そのうち性的虐待は虐待全体に占める割合は少ないものの、児童相談所での対応件数は年々増加しています。下のグラフの数字は各都道府県に設置されている児童相談所への相談件数であり、市区町村の福祉窓口などに寄せられる相談件数も含めると、もっと多い数になります。
では、性的虐待の加害者となる保護者とは、誰なのでしょうか。
「誰がどんな虐待をしている?」では児童虐待の加害者は実母・実父が多いことを取り上げていますが、性的虐待に限定してみても、加害者の約40%は実父、約3%は実母となっています。約44%は養父・継父が占めるものの、やはり実の親による被害が少なくないという事実に驚かれる方は多いかもしれません。
不適者を教壇に立たせないための法律施行と課題
また、近年問題になっているのが、教員等による子どもの性被害です。文部科学省の調査によると、生徒・児童・同僚らへの性犯罪・性暴力等で2021年度に処分された国立・公立小中高と特別支援学校、幼稚園の教育職員等*4は計216人でした。このデータには保育園や私立の学校・幼稚園は含まれておらず、当然、子どもが性被害を認識していないものや、声をあげなかったものなど、停職や懲戒免職に至らなかったケースも含まれていません。
※この調査における「性犯罪・性暴力等」とは、強制性交等*5、強制わいせつ*6(13歳以上の者への暴行・脅迫によるわいせつ行為及び13歳未満の者へのわいせつ行為)、児童ポルノ法第5条から第8条までに当たる行為、公然わいせつ、わいせつ物頒布等、買春、痴漢、のぞき、陰部等の露出、青少年保護条例等違反、不適切な裸体・下着姿等の撮影(隠し撮り等を含む)、わいせつ目的をもって体に触ること、不快にさせる性的な言動等をいう。
相次ぐ教員等による性被害に対処するために、2022年には「教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律」が施行されました。これまで、教員等による子どもへの性的な行為は、「不祥事」程度の認識でしたが、この法律によって「性被害(性暴力)」であると明確に位置づけられ、子どもの同意の有無を問わず禁止されたことは、一歩前進したといえるでしょう。
しかし、新法は加害教員等を教職につかせないという理念だけで、実行には課題も残ります。
例えば、子どもから教員による性被害の相談があったときには、学校側に対応が義務づけられており、犯罪の疑いがあると思われるときは警察に通報することも定められています。しかし、学校内で子どもの心を傷つけないように配慮しながら公正に事実関係を確認することは容易ではなく、もっといえば、学校という閉鎖的な場所で性被害自体が隠ぺいされる可能性もないとはいえません。そんな中、千葉市教育委員会は、性被害の訴えが発生した際、学校内部の関係者による聞き取り調査を禁止しています。被害児童には児童相談所が、加害者や関係者へは弁護士・市教委職員・県警OBからなる専門チームが聞き取りをおこなうことで、厳格な対処が期待されていますが、このような対応がされている自治体は全国でもまだほとんどありません。
また2017年には、15年前にわいせつ行為で懲戒処分を受けた元教員の男が同じ自治体の児童相談所の非常勤職員となり、再びわいせつ行為で逮捕されるという事案が発生しました。上記の法律施行により、教員を懲戒処分になった人が再び教員に戻ることは難しくなりましたが、子どもに関わる職種や役割は教育職員等だけではありません。保育士やベビーシッター、習い事の指導者、さらに最近では芸能事務所社長による長年に渡る子どもの性被害も問題になっています。2023年10月現在、こども家庭庁では英国の制度を参考に、子どもと接する職場での就労希望者に対し性犯罪歴がないことの証明を求める仕組み「日本版DBS」の創設に向けて検討を進めています。子どもたちを性被害から守るために、対象の職種をどう規定するか、どのような仕組みが必要なのか、丁寧な検討と法整備の必要があるでしょう。
*1,*2 2023年7月13日に性犯罪の規定を見直す刑法改正案が施行され、強制性交等は準強制性交と統合して「不同意性交等」に、強制わいせつは準強制わいせつと統合して「不同意わいせつ」に改正された。なお、行為がおこなわれた時期によって適用される刑法の規定は変わる。
*3 性的姿態撮影等処罰法:正式名称は、性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律
*4 教育職員等:教育職員並びに学校の校長(園長)、副校長(副園長)、教頭、実習助手及び寄宿舎指導員<教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律>
*5,*6 2023年7月の刑法改正により強制性交等は不同意性交等に、強制わいせつは不同意わいせつに改正されたが、この調査は2021年度のもののため強制性交等、強制わいせつとなっている。
本記事は後藤弘子氏(千葉大学大学院社会科学研究院教授)に監修していただきました。